地域や環境を選ばず競争馬として活躍する、
あるいは種牡馬として複数の地域で優れた産駒を出す。
暑さにも寒さにも、
乾燥にも湿潤にも負けず。
時計のかかる芝でもダートでも、
あるいは日本のような高速馬場でも、
配合に応じて幅広い適性や、
ときには適正をも凌駕した絶対的な能力の違いで、
勝ち星を量産していく。
そんな力を持った馬こそ「理想のサラブレッド」と言われるわけですが、
それがなかなか難しい。
そして難しくめったに現れないそんな競走馬や種牡馬だからこそ、
「殿堂馬」や「稀代の名馬」、そして「根幹種牡馬」という最高に栄誉有る称号をつけられ、
その名とその血を後世に受け継いでいきます。
今回の主人公は、
競走馬としてはほぼノンキャリアと言っていい成績で、
種牡馬入当初は全くの無名の状態からスタートを切ります。
しかし、
残念ながら万全なコンディションではない中で残した僅かな競走成績の中で、
隠しきれないスピードを発揮していた馬でした。
ノーザンダンサー最高の後継者の一頭と言われていて、
(※ダンジグとも言いますが、ここではダンチヒで表記します)
http://www.purple.dti.ne.jp/cosmarr/meiba/halloffame/image/danzig.jpg
ノーザンダンサー中期の産駒としてこの世に生を受けたダンチヒは、
E・P・テイラーの友人である馬主に、購入され、
競走生活をスタートしました。
ちなみに、彼の名である「ダンチヒ」とは、
彼の馬主の母国であったポーランドの地名の現地読みです。
英語ではそれを「ダンジグ」と呼ぶため、
ダンチヒは2通りの呼び方を持った珍しい名を今日に残しています。
ダンチヒは2歳の6月に、アメリカのベルモントパーク競馬場の5.5ハロン(約1,100m)戦でデビューします。
圧倒的なスピードで先頭に立って直線を迎えると、
後は後続を離す一方で8馬身以上の差をつけて圧勝します。
異次元のスピードで将来に期待されましたが、
残念ながらここで膝の剥離骨折が判明し、
1年近くの休養を余儀なくされてしまいました。
3歳5月。
またも先頭に立ったまま直線を独走。
2着馬に7馬身半の差をつけて2戦目を終えます。
その2週間後のダート7ハロン戦。
ここでも一般競走ではあるものの、
2着馬に6馬身近い差をつけた圧勝。
これで生涯成績3戦3勝としますが、
なんとも無念な事に再び脚部不安を発症してしまい、
結局これが最後のレースとなってしまいました。
かつ5代アウトブリードの血統を持つダンチヒの血は極めて健康的かつ柔軟性に優れ、
父の最高後継種牡馬と言うにふさわしい優れた産駒、
後継種牡馬たちを輩出しました。
またダンチヒの血はスピードに優れていますが、
母方のスタミナ要素を取り入れて引き出し、
産駒に伝達させることに非常に長けた血でもあります。
なので、母方にスタミナの血を持つダンチヒ系の馬は、
クラシックディスタンス以上の距離をこなせる馬が多く出ています。
→この馬は21戦12勝と優れた戦績でアメリカのG1を数多く勝ち、クラシックでも活躍しました。
→日本では天皇賞・春馬マイネルキッツや短距離の雄ビービーガルダンの父「チーフベアハート」がチーフズクラウンの産駒としては有名です。
同じ種牡馬からこれだけ距離適性の違う馬が出るのですから、
ダンチヒ系の柔軟性が分かりますね。
また、芝ダート二刀流の「アグネスデジタル」や、
ダービー馬「ディープスカイ」の母の父としても有名です。
彼らやその産駒の芝ダート両方の高い適性は、
その多くがチーフズクラウン由来というわけです。
●欧州のチャンピオンスプリンター「グリーンデザート」
→この馬はスピードに優れた産駒を多く輩出し、産駒はスプリント〜マイルの重賞やG1を数多く勝利しました。
しかしダンチヒ系種牡馬の中でも特に母方のスタミナを引き出すことに長けていて、
グリーンデザートの仔である「ケープクロス」の産駒からは、
欧州の中距離チャンピオンである「シーザスターズ」や「ゴールデンホーン」など、
極めつけの名馬が出ています。
またケープクロスは、ダービー馬「ロジユニヴァース」の母の父でもありますね。
→日本では高松宮記念を勝ったシンコウフォレストや、函館スプリントやアイビスSDを勝ったメジロダーリングを出しています。
●南関東のサンデーサイレンスと言われ、地方競馬の活躍馬たちの父であった「アジュディケーティング」
→この馬は本当に地方競馬との相性バツグンで、南関東のサンデーサイレンスという呼び名は本当に言い得て妙です。
●イギリス、オーストラリアのシャトル種牡馬で、一時期日本でも種牡馬生活を送ったデインヒル
(※この馬は根幹種牡馬としてその血を盛大に繁栄させていますので、別途個別にテーマとして記載する予定です。ここでは詳細は割愛します)
・・・その他日本の名馬の母の父として有名な馬たちとして、
●ジェンティルドンナの母の父「バートリーニ」
●サトノダイヤモンドの母の父である「オーペン」の父である「ルアー」
などがダンチヒの産駒です。
また、ダンチヒ自身も母の父として、
日本競馬の歴史に残る馬を数多く輩出しています。
その筆頭が、
●最強世代のグランプリホース「グラスワンダー(父シルヴァーホーク)」でしょう。
→この馬は「大物喰い」「荒れた芝に強いパワー」というロベルト系とダンチヒ系の特徴を体現した権化のような馬でした。
●中央、地方のダート重賞を勝ちまくった「スターリングローズ(父アフリート)」
●自身が短距離王者で名繁殖でもある「ビリーヴ(父サンデーサイレンス)」
→サンデーサイレンス、ダンチヒという配合相手の特徴を活かす種牡馬が、
アメリカ競馬最高峰の快速馬グレイソヴリンと出会ってスプリントの名牝が産まれました。
●同じくスプリントの名牝「ニシノフラー(父マジェスティックライト)」
→この馬は父がレイズアネイティヴ系でスピードの塊でした。
その他様々なジャンルのレースで活躍した多彩な馬の、
母の父としてダンチヒの名が有りました。
競走馬として類まれなスピードを持って生まれながら、
自身は怪我に泣き、その能力を競馬場で存分に発揮できなかったダンチヒ。
きっと短距離ダートだけでなく、
芝でも中距離でもライバルたちと出会い、
全力で駆け抜けたかったであろう彼の無念を晴らしたのは、
彼の血を受けた数多くの多彩な才能を持つ後継者達でした。
彼が一番に伝えたかったのは距離や馬場を問わず走ることの楽しさと、
なにより無事に走り続け、勝ち続けることの喜びだったのかもしれません。
今回も最後までご覧いただき有難うございました(^^)
ではまた次回。